ボイラーがこわれて頼んだ修理が終わらない
今から15年前の2009年、当時駐在していた英国ロンドンでの話。
英国の住宅設備はよく壊れます。
古いものでは、16世紀前半のチューダー朝時代のものから、18世紀ジョージアン朝時代に建てられた屋敷などが住宅やオフィスとして今も普通に使われていますから。
我が家はロンドンの中心に近い閑静な住宅街にある3階建て、木材とレンガで出来た長屋(フラット)で、かれこれ50年以上経っています。でもロンドンでは新築の類に入ります。
借りていた我が家も入居して間もなく、ガスボイラーが壊れました。
お湯を出すと同時に暖房も入ってしまい、そのうち湯温も下がり始め、風呂水も生ぬるくなってしまいます。
不具合が起きた時は、仲介の不動産屋を通して大家の責任で直してもらう習慣です。
日本なら修理業者を呼ぶのに、時間指定なんて当たり前ですが
ロンドンは出来て半日単位。ふつうは1日単位。
そのため仕事を休み、いつ来るとも分からない、大家が手配した修理を待つことに。
昼前に修理人が来て、「故障の場所が分かった。だけど部品がないので出直してくる」とのこと。
数日後、別の修理人が来て、今度は「新しい型式なので他の業者に頼まないと出来ない」と言われました。
毎度、仕事を休むわけにいきませんから、その後は大家の立ち会いで留守中に作業してもらうことにしました。
その後も2回、留守中に下見に来たようですが、遅々として修理が進みません。結局、親機を丸ごと交換し、各部屋にあるパネルヒーターの部品も交換するという大掛かりな工事をするハメになりました。。。
辛抱強くなって、不便が当たり前と楽しむようになる
最初に修理を頼んでから4ヶ月が経っていました。
冬の寒さも厳しく感じ始めた頃、待望の工事日を迎えました。
朝8時ごろに人が来て、「今日1日で直るから、安心しろ」といいます。でも案の定、夕方になっても終わる気配がありません。
次の日から出張だったのが不幸中の幸いで、大家に再び留守宅を預け、私は数日不在にすることに決めました。
4日後、帰宅すると、玄関の鍵が開いていて、バケツとモップがリビングに放置されていました。
「不用心じやないか!」とすぐにクレームの電話を入れたところ、そこで初めて工事が3日間も続いたことを知らされたのでした。
その後も、交換したばかりの親機から水が漏れたりと、すっかり安定するまでに半年かかりました。
ロンドンにいると、知らず知らずのうちに辛抱強くなってきます。
英国では設備屋さんは下手くそでも、食いっぱぐれがなく重宝される商売と言われます。
枠がきしんでドアや窓が開かなくなるのも日常茶飯事。
外からよく見ると建物全体が少し斜めに傾いていたり、床が水平でなかったり、ミシミシいうのも英国ではご愛嬌です。
とにかく日本人の想像を超える、さまざまな不具合が発生します。
このように書いていると、まるで悪口を言っているようですが、私はそんな英国がむしろ大好きです。
日本ではいつも後ろから追いかけられているような、何でもきちんとしてないと気が済まない、窮屈さを感じます。でも英国では多少の不便は気にしない、むやみに新しい物事に飛びつかず、古き良き伝統と暮らしを大事にする、変化ばかりを求めるのでなく、変わらないことを大事にする文化があるように感じます。
こんな面倒なことだってあるさ、と怒りがあきらめに変わり、そして不便を楽しむようになりました。期限や時間を守らないといった日常で起こるいろいろなアクシデントに対しても、なぜか心が大らかになり、落ち込まず気楽にとらえられるようになっていました。
話を戻します。そんなわけで、英国人は日曜大工が大好きで、家に少しずつ手を加えながら長く大事に使うことを好みます。
当然、新築よりも中古の方が高く取引され、転売して大きな家に住み替えていくという人生が、典型的な中流階級の抱く夢です。
余談ですが、家の売買は所有権の移転でなく、地上権(土地は地主のもので、上屋だけを使える権利)が取引されます。特にロンドン市内の土地の多くは王室や貴族が永久所有していて、庶民は家屋を売買します。住宅価格は場所によりますが、市内一等地は当時でも東京の3倍以上でした。
冷蔵庫と警報機もこわれて・・・
もうひとつ同僚の家で起こった事件。
冷蔵庫がこわれたので、修理業者を依頼しましたが、
日中働いているので管理人に立ち合いを頼むことにしたのです。
帰宅すると、玄関からリビング、キッチンへとつづく白いカーペットに真っ黒な「足あと」が。
一瞬、泥棒が入ったと思ったそうで、でも、ふと我に返って室内を確認すると、修理屋さんが土足で(当地では常識)作業していた間に付いた、靴の足跡だということが分かったそうで。。。
その後も我が家では事件が続きます。
「お前の家の警報器が鳴り続けてうるさいから、何とかしろ」という怒りの電話が職場にかかってきて、大急ぎで家に帰ったことがあります。
あわてて自宅に戻ると、警報器のバックアップ用乾電池が切れています。
電池がなくなると、バカでかい音で警報を鳴らして知らせてくれるハタ迷惑な方式がロンドンでは一般的で、警報器が警備会社に自動でつながって、スタッフが「大丈夫ですか?」なんて親切に連絡してくれる近代的なシステムは当時普及していませんでした。
日本のある有名な警備会社からロンドンに駐在している知人に聞いたら、英国の住宅アラーム市場にこれから食いこんでいきたい。まだ機械警備が浸透していない巨大な住宅市場はとても魅力的、と話してくれました。
ただ鳴っているだけのアラームをまるで赤ん坊をあやすように、必死になって止めながら、ますます我が家が愛しく感じられ、あたりまえの日本の暮らしとサービスがいかに素晴らしいかを改めて痛感したのでした。
まとめ
英国の古い住まいは、歴史の深みを感ぜられとっても魅力的です。そして手間のかかるところがまた愛着を覚えるのです。
簡単な修理なら自分でやろうという気分にさせてくれます。
でも、サービスの水準は日本のようにはいきません。むしろ日本のあたりまえのサービスが過剰で、それが良いところでもあり、また甘やかされてしまっているなぁ、と感じます。
こんなに清潔で、時間やルールが守られる生活を日々送れていることに、もっともっと幸せを感じたいものです。
先日、歌舞伎役者の11代目市川海老蔵さんが、ある記者会見で次のように語っていたのが印象的でした。
「たまに僕が海外へ出かけたくなるのは、日本の良さを再認識したいからというのもあります」と。
(写真)当時の愛しい我が家